メダカに関する記事
[2026年4月17日投稿]

私は2007年、25歳のときにメダカの仕事を始めました。

今44歳になって振り返ると、当時は本当にがむしゃらでした。

先のことを冷静に考える余裕があったというより、とにかく前に進むことしか考えていなかったように思います。

ただ、今思えばその頃から、私はこの業界はいずれ農業のような世界に近づいていくのではないかと感じていました。

つまり、趣味の延長ではなく、量産できる人が上に行く時代になるのではないかと思っていたのです。

だからこそ、定番品種をしっかり作り、多くの方に分かりやすく、できるだけ安く届けたいと考えてきました。

今の養魚場にたどり着くまで、場所は5か所目です

今の養魚場にたどり着くまで、場所は5か所目です。

最初から今のような場所があったわけではありません。

なかなか「ここなら将来まで没頭できる」と思える場所に巡り合えず、何度もやり直しをしてきました。

今ある形だけを見ると順調に見えるかもしれませんが、実際にはそう簡単なものではありませんでした。

第一養魚場では、雪でビニールハウスが倒壊したこともありました。

最初から順風満帆だったわけではなく、場所を作っても壊れ、またやり直すことの連続でした。

第三養魚場でも、一からやり直しになりました

第三養魚場のときも、大きな転機がありました。

こういう事業をするときは、土地を借りて進めることも少なくありません。

第三養魚場も、当初はこのまま継続していけるはずでした。

ですが、次の更新はしないという話になり、そこでまた一からやり直すことになりました。

自分では続けるつもりでいても、借りている土地では思うようにいかないことがあります。

積み上げてきたものがあっても、場所を失えばまた最初からです。

今振り返ると、あの経験も今の養魚場につながる大きな出来事だったと思います。

第四養魚場では台風24号で大きな被害を受けました

第四養魚場でも大きな出来事がありました。

2018年の台風24号です。

この台風で、ビニールハウスが悲惨なほど曲がってしまいました。

そのままその場所で続けていくのは難しい状態で、立ち行かなくなりました。

せっかく形にしてきたものがあっても、自然災害は簡単にそれを壊してしまいます。

あのときの被害は、今でも強く印象に残っています。

2018年の台風24号で大きく曲がった養魚場のビニールハウスのパイプ

その後、今の養魚場に移りました

第四養魚場での被害のあと、私は現在の養魚場へ移りました。

今の場所では、新たにビニールハウスを建てました。

それも業者任せではなく、自分たちの手で建てたビニールハウスです。

過去にも何棟も建ててきた経験があったので、その作業には慣れていました。

誰かが用意してくれた完成された場所に入ったわけではありません。

今の養魚場も、自分たちで少しずつ形にしてきました。

現在の養魚場で自分たちでビニールハウスを建てている様子

そして今は、それまでの経験をしっかり生かしています。

現在の養魚場は林に囲まれていて、森林が強風を防いでくれます。

ビニールハウスも、雪の日には支え棒をして備えています。

過去に被害や失敗を経験してきたからこそ、今はその経験を管理に生かせています。

ただやり直してきたのではなく、過去を踏まえて今の形を作っています。

約7年前、ようやく将来まで没頭できそうな場所に出会いました

今の養魚場に移ったのは約7年前です。

ここに来て、ようやく将来まで本気で没頭できそうな場所に出会えたと感じました。

今までの場所では、続けたいと思っても続けられなかったり、形にしても壊れてしまったり、なかなか落ち着いて前に進めないことも多くありました。

ですが今の場所は、これまでとは違います。

ただ飼育するだけの場所ではなく、自分が考えてきたことを形にしていくための土台になっています。

現在の養魚場では、水草の栽培も開始しました。

主に姫睡蓮の栽培を進めており、養魚場としての幅も少しずつ広がっています。

今ある場所を生かしながら、メダカだけでなく、周辺の環境づくりも形にしていきたいと考えています。

10年以上前から考えていたことを、今ようやく形にしています

私は10年以上前から、この業界は量産できる人が上に行く世界になるだろうと思っていました。

そして今、その考えを少しずつ形にしています。

一目で品種が分かるメダカを量産し、多くの方に分かりやすく、できるだけ安く届けること。

流行を追いかけるだけではなく、説明がなくても一目で品種が分かる完成度の高いメダカを作ること。

そういう形を、本気で続けられる場所がようやくできてきたのだと思います。

何度もやり直してきたからこそ、今があります

今の養魚場にたどり着くまでには、何度もやり直しがありました。

第一養魚場では雪でビニールハウスが倒壊し、第三養魚場では契約更新ができず、第四養魚場では2018年の台風24号でビニールハウスに大きな被害を受けました。

そのたびに、また最初から積み直してきました。

正直、楽な道ではありませんでした。

でも、そうやって何度もやり直してきたからこそ、今の養魚場があります。

そして今は、ようやく将来を見据えて本気で没頭できる場所に立てている気がします。

まとめ

私は2007年、25歳で創業しました。

今の養魚場にたどり着くまで、場所は5か所目です。

第一養魚場では雪でビニールハウスが倒壊し、第三養魚場では契約更新ができず、第四養魚場では2018年の台風24号でビニールハウスが大きく被害を受けました。

そのたびに一からやり直してきましたが、約7年前、ようやく将来まで没頭できそうな今の場所に出会いました。

今は、林に囲まれた環境や雪の日の支え棒など、過去の経験を今の管理にしっかり生かしています。

さらに現在の養魚場では、主に姫睡蓮を中心とした水草の栽培も始めており、少しずつ養魚場としての幅も広がってきました。

10年以上前から考えていた「量産できる人が上に行く時代」という見立ても、今少しずつ形にしています。

今あるものは最初から用意されていたわけではなく、何度もやり直しながら積み上げてきた結果です。


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